正しい衣・食・住の考え方がSustainableを可能にする

 

植物の恩恵と衣・食・住

 

 

私たちの身体は、常に衣服によって守られています

 

 

 

 

毎日食べているもので身体は作られています

 

 

 

 

そして雨風を凌ぎ、快適に寛ぐことができる、安心できる居場所があります

 

 

質の良い質素な暮らし

 

衣・食・住とは、本来命を繋ぐ為の活動であり、自然のなかでの共存生活であるという事はもうお分かりであろう。

 テクノロジーの進化により十分な程に欲求を満たしてきた私たちではあるが、

これからはより高い知識と意識を持ち、自然の摂理の中でどのようにテクノロジーを活用するかを基本としなければならない。

自分たちの身体も大地という雄大な生命にもストレスの無い質の良い質素な生活を作り上げなければならない。

家族や友達と、そして人々との繋がりを大事に、助け合いながら進化していく事が望ましいこと。

人間はそもそも一人で生活はできないもの。皆で助け合いながら生活する生き物なのである。

 

 

 

 

この100年の間に霽れと褻の世界観が崩れ、衣・食・住の質も下がってしまった

 

しかし現代は、非日常(霽れ)と日常(褻)の境がなくなってきつつある、もしくは逆転してしまっているのかもしれない。

暮らし自体が豊かになったことによって、非日常的要素を毎日の様に取り入れる事ができてしまったからと思われる。

霽れという特別な目的のために着用する服やその時に特別に食するご馳走を

ファッションとして日常に安く簡単に取り入れる事が出来る様になってしまったのだろう。

特別な時にしか口にしなかった様なご馳走には、それぞれに意味のあるもの。

経済発展を目的とした多くの人々が手に取りやす見た目ばかりの似たような味を表現した(〜風と言う)安価なものに作り変え、

プチ贅沢感を味わうためにスーパーやコンビニなどで簡単に手にする事ができる様にしてしまった。

当然その様な質のものを気軽に毎日食べる事ができる訳であるから身体の健康バランスは崩れていくのは当然である。

現代は見た目の満足感が最も優先されるようになってしまった為、その本質的な意味合いや身体に対する質のことは忘れ去られてしまった。

所詮我々は人間である。

楽なことと辛いことがあれば、当然楽なことを選ぶ。

安くて美味しいものと高くて美味しく無いものであれば美味しいものがいいに決まっている。

しかし、安くて美味しいが身体に良く無いものと、高くて決して美味しいとは思えないもので身体に良いものと

どちらを選ぶのか?

これからはその判断が必要になるのだ。

しっかり知識を持たなければ、いけないと言うことだ。

 

仕事と言えば昔であれば農業や漁業、林業が主であったが、今ではビジネスマンが主体となった。

人との接触も極端に増え、会議やランチミーティングなど、対面業務が中心で身なりにも作業服ではない清潔感が要求される様になった。

 

昔は何でも手に入る裕福な生活ではなかったわけである、食事も一汁一菜と言った様にシンプルで効率の良い栄養の取り方をしていたのだ。

現代は欲求をコントロールする方が難しく、食べたいものを食べたいだけ食べる事ができるのである。

自分自身の身体の質を決めるのは、自分自身である。

我慢する必要がない生活に慣れきっている我々が、どこまでストイックになれるかがこれからの身体の質を左右するのである。

無いものを我慢することよりも、あるものを我慢する、貧乏から這い上がっていくよりもよっぽど難しい事であろう。

 

そして、ファストフードやファストファッションなど、ファッション性があり安価なものが簡単に手に入るようになった。

これらが殆どの人々の生活の基盤を作っていると言っても過言では無い。

これによって私たちの暮らしは格段に裕福になった様に感じる訳であるが、果たしてそうなのだろうか?

よく「格好から入るのが好き」という方がいるが、言い換えれば手っ取り早く形だけ合わせれば満足するという事で、

それでは自分の生活の中での必要な「事」を解決していくことは全くできないのだ。

「格好良かったから買ってみたけど使えない」と言った言葉をたまに耳にする。

見た目が気に入って購入したが、そのものがどの様な「事」を解決する為のものなのか、

そしてそのものがどの様な理由で作られた物なのか、それを作ることによって環境に影響はないのか、その本質を知らなければいけない。

安価に手にしたものは愛着心はすぐに薄れ、直ぐに紛失したりじきに捨ててしまうことが多々あるであろう。

壊れたら直すよりも買い換えた方が安いので廃棄する。

そのものがどの様なものなのかを考えて捨てた事はあるだろうか?

そのものはあなたが捨ててからその先どの様な経路をたどっていくのかを考えた事はあるだろうか?

そんな事は私には関係ない、とは言うべきではない。

結果的に巡り巡って必ずや私たちの生活に悪影響を及ぼす事になるのだ。

廃棄したもののその先のことをイメージしてみてほしい。

そのものがどのような材料でどのようにして作られているか調べてみてほしい。

一人一人がそういった意識を持つだけでも世の中は良い方向に変わっていくはずだ。

そうする事によって、自分を守り、家族を守り、環境全体を守っていく事になるのである。

 

日本人はブランドやコマーシャルが好きである。

なぜだろうか?

いろいろ考えなくても安心感があるからである。

皆が認めたものだから大丈夫、

 有名人も使っている、または勧めている、と言ったことに異常に安心感を持つ

それは自分の意見がないからである。

好き、嫌い、 良い、悪い をハッキリと答えられなしのが日本人の特徴か?

表現としてあまりハッキリすると角が立つ場合はあるが、自分の意見はしっかりと持っておくべきである。

 

 

 

今の世の中は経済発展を第一に、物を生産し使い捨ての消費を繰り返していて、その廃棄物の量が大きく膨れ上がっているのだ。

お洒落でおいしい物を安価に大量に作る事によって消費者である私たちの暮らしは表面的には豊かに見える。

大量に生産し、たくさんの流通を起こし、結果的に大量の廃棄物を出す。

日本は年間8,000万トン以上の食品を出荷し、その33%(2,600万トン)を食品廃棄物としてしまう。

衣服でも年間廃棄料は100万トン(約33億着)以上となる。

日本の食品ロスで、世界中の多くの人々を救うことができる、などと言っているが、そんなことを言っている前にロスをなくすことが先である。

コンビニの弁当の残りを養豚場の豚の餌にしたら、奇形の子豚が生まれるようになったと言ったことを聞いた。

大量の衣服の廃棄は、生産国でゴミの山を築いている。

出てしまったゴミの処理を考えると言った段階ではとっくに無いのだ。

直ちにゴミの出ない暮らし方を考えなければならないのだ。

 

全ての物を生み出す豊かな大地、その大地から産み出されるエネルギーとバランスを保って交流していく事が大事なのだ。

大地と直接交流する物作りをする方々も存在はするが、極々一部の話でしかないことで、

一時的な欲求を満足はさせるが、100年先を見みた時それでは持続的な発展は望めないのではないだろうか。

 

 

 

 

 

衣・食・住の質の大切さに気づかなければならない

 

大昔は動物の皮を鞣して衣にし、寒さをしのいだのが衣の始まりで、身体を保護することが目的であった。写真の半纏は木綿に藍染をしたものだが、紺色が綺麗とか色が落ちた感じがいいとかが理由ではない。藍には色々な効果・効能が含まれているのだ。防虫性、抗菌消臭性や抗酸化作用に優れているので、毎日着るものとして最適だったのだと思える。そして保温効果もあるので、冷え性や肌荒れ、汗もなどにも効果があり夏にも冬にも適したのだ。その後衣は自己の主張の為などファッションとして進化してきまのだが、日常着は毎日肌に直接触れるもの、自然に近い質が身体に良いのである。質の良い質素な暮らしは、植物によって作られるのだ。

 

江戸時代、庶民の着物半纏などは、多くが藍で染められていた。

藍はエジプトのミイラに巻かれた麻布を染めるなど抗酸化効果、防虫・抗菌・防臭に優れまた身体を温める効果もあったようだ。

今ではお洒落な藍色が実は色々な意味のある暮らしに必要な色だった訳である。

一汁一菜が丁度いい、と言う。

質の良い質素な食事は生活の原点なのだ。

ただ、これは昔ながらの質素な食事例である。グルメな現代はスーパーに買い物に行っても商品が溢れている。リーズナブルで美味しいものが選びきれないほど並んでいて、食べたいものを自由に選んで食べることができるので、栄養が偏り逆に栄養失調になるケースもある。また、昔は高価だった物が、随分と安価になった、と言った食べ物は要注意である!

遺伝子組み換えや添加物で作られた、違った

”食べ物もどき”になっているかもしれないのだ。

 

 

 

質素な食事という意味で一汁一菜という言葉が使われる。

ご飯・汁物・おかずというシンプルな献立の中で質の良い食材でしっかりと栄養源を取り込み、腹八分、または腹7分を基本とすること。満腹感は老化を促し、空腹感は成長ホルモンを活性化するのだ。

 

心が落ち着き身体を休める唯一の居場所が我が家である。

入浴や睡眠をゆったりとできること。そして移住空間そのものが安全・安心であることが第一で、五感で感じる心の休息ができる場所でなければならないのだ。

我が家とはプライベートな空間であるが、外ばかり気にしないで内側から見直してみ流べきである。重要な ”水” や ”空気” は?1日の約3分の1は睡眠を取るがパジャマや寝具は?

それだけ関わることの多い ”事” にはケミカルではなく、絶対に植物の力なのだ。冷たい井戸水が汲めたり、冷んやりした畳、除湿効果のある漆喰や障子などなど、、、

”事” から作り出した昔の知恵をこれからの100年にどう考えるか、である。

木材や漆喰、畳、和紙など全て植物や自然物から作られ、湿気を取り空気の浄化を促し、空気の流れを良くすることは、暮らしの環境として最も適している。

そして庭があって植物があることでマイナスイオン効果をもたらし健康的な心と身体を作るのである。


 

 

 

霽れと褻と言う世界観の重要性

 

それは時間論を伴う日本人の伝統的な世界観の事であり、生活バランスを取るためのテクニックなのである


日常と非日常を表し、よって暦とは密接な関係にある物なのだが、今では経済効果を優先する為に休日を変更してしまう。

 

日常は質素な食生活で健康を保ち、たまの祝い事などで飲み食いをし、ストレスを溜めないということ

 

昔はこれが絶妙なバランスで行われていたのだ

 

極めて合理的で持続可能なライフスタイルは、先代が行っていた事なのだ

 

 

 

霽れ

表立って晴れやかな事

 

公・非日常  折り目・節目のこと、

年中行事や儀礼や祭り

 

お正月やお盆  結婚式や七五三など

 

 

 

年中行事や祭り事の意味を重んじ

自然との交わり方を考えることが大事

 

普段・日常全般を指し、

一年の殆どの時間は褻となる

 

 

核家族より複合家族の必要性

 

子育て・扶養・介護・ぺットへの愛情

 

邑・村・町規模でのお互いの繋がり、

助け合いによって発展していく

 

穢れ

忌まわしく思われる不浄な状態

 

死・疫病などによって生じ、共同体に

 

異常をもたらすと信じられ避けられる

 

 

死・病気・怪我・不浄


 

 

 

 

 

 

霽れと褻の世界観をきっちりと持った質の良い質素な衣・食・住がこれからの暮らしに重要なことだということ、

 

お分り頂けただろうか?

 

私達自身がしっかりとした考えを持たなければならないと言うことだ。

 

そうする事によって初めて「持続可能な発展」が可能になるのだ。

 

そこには植物達、自然物が影響してくる。

 

植物の持つ力は私たちの暮らしそのものを豊かにし、生きていく上での希望と幸福感を与えてくれる。

 

植物たちは自然と私たちとを繋ぐ大切な友達なのである。