霽れと褻

皆さんは ハレとケ という言葉を知っていますか?

 

それは

 

「霽れと褻」(ハレトケ)という時間論をともなう日本人の持つ独自の世界観のことを言い、

 

作家柳田國男によって見出されたものです

 

霽れと褻は、非日常と日常のこと また ハレ=聖 ケ=俗 と論じられる

 

ハレの日は、そのままでおめでたい日の事、特別な日の事です、対してケの日は日常の事

 

私たちの生活のほとんどは褻の日である日常の中にあるのです

 

そして霽れの日という特別の日を楽しみに毎日を過ごすのです

 

だから褻の日は、 『自然で質の良い質素な毎日』の繰り返しでなければなりません

 

 それは『自然に対する感性を常に持ちつずける』という事なのです

 

自然に対して素直でなければいけない という事

 

昔のように、貧困の中での常に我慢をし続けると言った生活をするということではありません

 

思ったものが 何でも手に入る豊かな時代だからこそ、欲求を持たすことだけに走らず心を豊かにする

 

 

自然と科学が調和する事によって”新しい質素な考え方が生まれる” ということが重要なのです

 

これからの100年に向けた新しい " 褻の日 " を作っていくということになるのです

 

 

 

我々は日常という事に対する意識を今までよりも少し高く持つことが必要です

 

オーガニックでエコロジカルなライフスタイルに憧れるということは

 

” 褻 の 日 ”   と言う ” 質の良い日常 ” を目指すこと、それは新たな  衣・食・住  を作るわけなのです

 

 「衣、食、住」は人が生きていくうえに切り離す事のできない必要不可欠なものです。

 

 

「衣」において、TPOを考えた衣服を選び、だらし無くならないようにする事を目上の者が教育しなければなりません。

 

躾(しつけ)という言葉が着物の仕付けからきている事を知っている人は30~60歳男女の2割に満たないようです。

 

衿を正す、折り目正しく、袖振り合うも多生の縁等、衣類から教えを受ける事が多くあります。

 

「食」では家族揃って食べる事によって、箸の上げ下ろしに始まり、

 

食べ物の食べ方を子供に教え基本の教育ができるものです。

 

「住」では三世代が同居することによって、年寄りから孫へ、しきたり等未来永劫に

 

 

伝えていく事柄を教育していく事が出来るのです。

 

今現在「衣」「食」「住」のすべてがおろそかになった事が、

 

家族のコミュニケーションを崩壊させ家族内の殺人事件や執拗な折檻などが起こるのだと思うのです。

 

日本人らしい習慣、ふるまい、精神を、衣育・食育・住育と言った形で、

 

 

語り伝えていくことが大事な家庭のコミュニケーションだと考えます。

大昔は動物の皮を鞣して衣にし、寒さをしのいだのが、衣の始まりで、身体を保護することが目的でした。写真の半纏は木綿に藍染をしていましたが、紺色が綺麗、とか色が落ちた感じがいいとかが理由ではありません。藍には色々な効果・効能が含まれているのです。防虫性、抗菌消臭性や抗酸化作用に優れているので、毎日着るものとして最適だったのだと思います。そして保温効果もあるので、冷え性や肌荒れ、汗もなどにも効果があり夏にも冬にも適したのです。衣は自己の主張の為などファッションとして進化してきましたが、日常着は毎日肌に直接触れるものです。自然に近い方が絶対に良いのです。質の良い質素な生活は、植物によって作られるのです

一汁一菜が丁度いい、と言います。

質の良い質素な食事は生活の原点です。

ただ、これは昔ながらの質素な食事例です。グルメな現代はスーパーに買い物に行っても商品が溢れています。リーズナブルで美味しいものが選びきれないほど並んでいて、食べたいものを自由に選んで食べることができるので、栄養が偏りがち、栄養失調になるケースも。それから昔は高価だったのに、随分と安くなったね、なんて食べ物は要注意!遺伝子組み換えや添加物が使われていて、違った”食べ物もどき”になっているかもしれませんよ。

心が落ち着き身体を休める唯一の場所が我が家ですね。

入浴や睡眠をゆったりとできること。そして移住空間そのものが安全・安心であることが第一で、五感を刺激し心の休息ができる場所。

我が家はプライベートな空間ですが、外ばかり気にしないで内側から見直してみましょう。重要な”水”や”空気”は?1日の約3分の1は睡眠をしますが、パジャマや寝具は?

それだけ関わることの多い”事”にはケミカルではなく、絶対に植物の力なのです。冷たい井戸水が汲めたり、冷んやりした畳、除湿効果のある漆喰や障子などなど、、、

”事”から作り出した知恵をこれからの100年どう考えるか