褻 着

 

これから幸せな暮らしを続けるために最も重要な ”事” の中の一つである。

 

それは、

 

自然の摂理に則した生産工程を基本としたもので、テクノロジーの援助を受ける事により持続可能な発展を可能とするものである。

 

褻着は、自然の機能を生かし自然の代謝を自然の原理で動くようにしたものでなければならない。

 

その染料は人間に優しい成分を持ち、その色素の持つ光の伝達は人間にとって優しいものである。

 

何故ならば、我々人間は自然の中の存在であるから。

 

褻着の製造工程には大きく3つの工程がある

 

1(紡績)天然原料を基本とする 最低限のテクノロジーの援助により利便性の向上を図る

2(機織)天然繊維を基本とする 最低限のテクノロジーの援助により利便性の向上を図る

3(染色及び助剤)天然染料を基本とする 最低限のテクノロジーの援助により利便性の向上を図る

{*最低限のテクノロジーとは、環境に影響を及ぼさない範疇という事}  

 

 

 

 

 

 

植物の恩恵を得るための「褻着」

 

“褻“とは日常の殆どの時間を表し、暮らしの基盤となる時間

毎日着続ける必要のある衣のことを “褻着”  と呼ぶ。

昔の庶民は、農業や林業、漁業を行なって生活している人々が殆どで、褻着は仕事着でもありまた、休息着でもあったのだ。

身体に優しく、快適であり心を癒してくれるもの、褻着の持つ重要な ”事” である。

 それは、着るサプリメント Physiology auxiliary (生理機能補助)でもあるのだ。

身体を外敵ストレスから守り、着用し続けることによって自然にストレスを軽減し、恒常性をサポート、健康を促進する。

自然と共存・共栄することによって得ることのできる植物の恩恵こそが、衣の中の大事な "事" なのだ。

それが 我々の求める理想の ”衣”  なのである。

 

江戸時代の褻着


江戸時代の農民たちの仕事着といえば、木綿でしっかりと織られた半纏や作務衣を着用していた。

これらは蓼藍(タデアイ)を使って染められたいわゆる藍染である。

藍染は当時贅沢を禁じられていた庶民の間では贅沢には見えないが贅沢なものであるとして広く使われるようになり、

明治時代、日本に訪れた海外の人々からは鮮やかで深みのある藍色「ジャパンブルー」と言って賞賛された。

藍は木綿や麻、絹などの天然繊維によく染まり、消臭効果や抗菌効果、虫除けや蛇よけに良いと言われていた。

また、掻巻布団にも使われ保温効果もあるとされていて、効果効能を目的として染めに使われるようになったわけだが、

その見た目の美しさに心動かされるようになり、いつしか色合いが優先されるようになったのであろう。

藍染は薄い色を「水浅葱」、少し濃くなったものを「納戸」濃い色を「褐色」としてきた。

この綺麗な藍色は蓼藍の持つ成分が光に反射して見える色で、成分そのものとも言えるのである。

藍染は染色工程に非常に手間暇がかかり、昭和に入ると人工的に藍色を表現する技術ができ、色を楽しむことはできるが、

その成分を生かした着用をするということはなくなってしまったようだ。

こうして徐々に衣は、身体を守る という大事な目的から装飾といった自己表現の場所と変わっていったのである。

 

テクノロジーの援助により私たちの未来は成長する

褻着とは、江戸時代の服作りに戻れば良いということでは無い。

紡績方法や機織り方法などの技術は江戸時代から比べると遥かに進歩をし、機能的で快適なものが作られるようになった。

そして、多くの人々とそれを分かち合うためにはそのものの安定性が必要になるのだ。

安定性とは、製品としての必要最低限の量産性である。

それは同一の色であり形であり風合いであり、適度な水揚げ能力である。

そのためには化学繊維であるポリエステルやナイロンを数パーセント混紡する。

そして植物の成分から作る染料に数パーセントの化学染料を調合する。

色とは天然成分色素が光に反射した事によって眼に映るものであり、成分にはそれぞれ必ず色がある。

これによって、我々人間に優しく、環境にも優しい新しい自然との暮らし方が作られるのである。

 

 

 

霽れの日

 

褻着に対して当然霽れ着が存在した。霽れと褻というのは霽れの日と褻の日ということ。

結婚式やお誕生日、お祭りなど特別な日である霽れの日は、暦の中でのその日だけに必要な意味を持つわけである。そしてその意味を表すためのものが霽れ着(晴れ着)であったり祭り半天であったりするのだ。

年に一度、その日のためにお祝いをし贅沢をするのである。

祝日というものにはそれだけ重要な意味を含んでいる。経済を優先して、また欲求の為に休日を移動して連休にすることは全く意味のなくなることなのである。

テクノロジーの援助

江戸時代の霽れ着は、お祝いのための贅を尽くすなどの晴れやかな衣装的なもや、収穫などをお祈りする為のものが多く、

日常とは全く違った区分けをした年の行事などが中心であった。

年中行事というものは、必ずそれを行う為の意味があり、その意味を表したものを霽れ着と言った。

行事は日にちと密接な関係にあるので、決して変えることはないはずなのである。

現代は、それに以外にアクティブウエアーというカテゴリーがあると考えられる。

スポーツがその対象となり、そのムーヴメントを成し遂げる為の機能を表現した素材と形状に現れる。

霽れの日は褻の日に対して数パーセントに留まるので、自然の摂理を破壊する程の影響は出ないものと考られるのだ。

 



古代中国の歴史書『書経』によると、草根木皮は生薬なり 鍼灸は中薬なり 衣服は大薬なり とある。

草根木皮は漢方 鍼灸は治療 を意味する、身体を保護するものは衣服でである。

 

従来の漢方の考え方は、体内を巡る[気・血・水]のバランスが崩れる事で病気は起こると考えられ、

陰陽五行の考えに基づき心と身体全体の調和を図る事で自然治癒力を最大限に引き出す事で病を治療するとされている。

 

気とは生命活動のエネルギー

身体を温め成長させ、内臓を動かし血液を巡らせ病気から身体を守る作用。

 

血とはいわゆる血液そのものの意味と栄養分代謝や体内循環までを含み、漢方診断では瘀血(おけつ)は血が滞る事で、

病を引き起こす代表的な事。

 

水とは血を除く体内の水分と代謝をさす。

水毒とは体内に水が滞る事で病を引き起こす代表的な事。

 

私達には毛皮や殻の様な身体を守るものはないのだ。

肉体を保温(体温維持)する為に衣服を身に纏うことが生き延びる上で最も重要な事なのである。

食べるよりも住むよりもまず、体温維持が一番重要という事である。

植物の繊維で作った織物や編み物、動物から作った皮革などが身を守るのだ。

その上で外敵などから守る為に鉾や盾、そして甲冑を身につけたわけだ。

それが現代では下着で肌を守り衣類で全体を整え、アクセサリーは装飾や保身に、帽子や傘や手袋はその名残となったのである。

 

 

 

薬を飲むことを「服薬」「服用」と言う。

昔は「服は病を治癒させるもの」として考えられていた。

 

人間の生き長らえる為の重要な3つの「事」 

そのまず最初に位置付けられる「衣」は身体に負担のない安全なものでなければならない。

 

人間はこの世に生まれてきた時点でお包みにくるまれ、殆んどの人が生涯を終えるまで必ず服を身に付けて過ごす。

なので普段常に身に付けているものは、生理的に同質であり少しでも身体に負担の少ないものであるべき。

自然と共存するもの、人間の生理に最も近いものであるべきなのだ。そうすることによって心の底から癒されるのである。

直ぐに何か効果がある、具合の悪いところが良くなる、などということではない。

10年、20年経って身体が答えを出してくれるはずである。

 

皮膚は五感の一つでもある感覚器官であり、外部からの刺激の伝達や成分の透過をする。

なので有害物質は少なければ少ない方が身体には良いものなのだ。

自然物の成分で身体を包むということは、皮膚にも肉体にもそして精神的にも良いのである。

その基本的な「衣」のあり方は、自然と共存するという事をもう一度基本に戻って考えるという事、

それが私たちの「日常」が作られていく、という事なのだ。

 

 

 

 


 

 

褻着はアルケウス (Archus) を癒す

 

16世紀の医者/哲学者であるパラケルススは幸せを判断する身体の中の何か=アルケウス(Archus)と位置付けた

 

アルケウスが癒される事とはストレスが少なく気持ちが楽になり癒しを得ることができるということ

 

Vulcanus and Archeus

 自然界に存在するものとその特異性、独特な性質と形状に関して、パラケルススの哲学の中には、万物の活動する原因と持続と進化を表わす2つの用語を見いだすことができる。そのひとつはヴァルカン(Vulcan:英語)、すなわちウルカヌス(Vulcanus:ラテン語)である。パラケルススは、ウルカヌスについて次のように述べている。 

錬金術とは一種の芸術的技法であって、ウルカヌスはその働き手である。彼が働くとこの技法は強力になる。」

パラケルススは、常に錬金術の過程に関連させて、この言葉を頻繁に用いた。そしてこの影響力のことを「金属を精錬する者」と呼んでいた。時として、この言葉が錬金術師そのものを指しているように思える場合もあるのだ。ウルカヌスは土・水・火・空気という四大元素に内存しており、イリアストラム(Iliastrum)もしくはイリアスター(Iliaster)と呼ばれる原初の物質の海から引き上げるように、物質を出現させる影響力だと考えられる。イリアストラムとは、まだ性質のない何にでもなり得る潜在的な可能性を秘めている一般的な源のことで、プリマ・マテリアとも呼ばれる。イリアストラムは、元型と同じ領域にあると考えられる。哲学でイリアストラムという用語が用いられる場合、それは「質料」という意味になる。うなずけることですが、イリアストラムはキリスト教神学では神のロゴスと同等だと見なされていた。しかし、イリアストラムとパラケルススが呼んでいるのは、物質が具体的な物として現れる時に働く影響力のことである。

 

パラケルススが良く使った言葉は「アルケウス」(archeus)であるが、彼はこれを「内なるウルカヌス」であると述べている。しかし、この2つを別々の影響力として区別することは困難である。すべてのものには、それぞれに固有のアルケウスがあるとされている。そしてその役割は、あるものを分離し、そのそれぞれに固有の性質を与え、個別性を強めることだ。分離する原因として働くという点では、錬金術師や、切除手術をする外科医、さらには、自然界が果たす錬金術的な作用と同じだと考えることができる。パラケルススは、人体の中のウルカヌスにあたるアルケウスについて、次のように書いている。 

 「それ(アルケウス)は、(人体の各部に有用な物質を)望ましい配合と量になるように、どのように抽出し調製したら良いのかを知っている。それはちょうど、錬金術の業そのものが、昇華、蒸留、反響という手段によってそれと同じことを行う能力を持っているのと同様である。すべての業は、人体だけでなく、錬金術という外面的な行ないにも存在している。」

 この言葉からは、アルケウスがある対象に対して全体として働きかけるかのような印象を受けるが、パラケルススはアルケウスが、対象のそれぞれの部分に作用するアルケイ(archei)という要素に分割されると考えていた。注目すべきことは、ウルカヌスとアルケウスによって絶え間なく行われているこの純化と個別化という作用はすべて、自然界のどんなに些細な部分にも見られるということだ。 

 「『アルケウス』は、個体に特有のものであると同時に、自然界のあらゆるものに共有されている。なぜならアルケウスは、宇宙の隅々までをも活動させている存在から流れ出たものだからである。アルケウスは、人間を宇宙に結びつけるものであり、人間自身よりも人間と密接な関係にある。」

 人間に備わるアルケウスの働きこそ、パラケルススの生命哲学、特に、薬物の効力と医者が果たす役割にとって基本的な事柄だった。パラケルススが考える医者の役割とは、アルケウスと人体内の錬金術的作用との間にある関係に望ましい影響を及ぼすことであった

アルケウスの糸(Archus Yarn)

♦︎人間の皮膚への信号が優しいこと

♦︎自然の代謝が自然の原理で動くようにすること

♦︎規則的すぎず人間の旋律が感じられるようにすること

♦︎自然の機能を生かし外に流体が動き人間を守る力を持つもの

素材の基本機能を守る事

材質の機能が元として生きるように考える

人間の生理にマッチするように組み立てる

 

アルケウスの織物・編み物(Archus Fabric)

♦︎宇宙の動きに対応するコラージュを持ち自然の流れに対応する人間の生理を守る

♦︎人間が感じる時代の価値観はオリジンである事

♦︎温度や風、水分がストレスとして人間が感じないような構造を持つもの

着る人が社会秩序を乱さないで感性で判断する事

 

アルケウスの染色(Archus Dye)

アルケウスが癒される染料を染着する

♦︎心を癒す染料を先着する

♦︎染料は自然の中に存在する成分である

♦︎過去の歴史や自然の中に存在し、生かされた生物を大切に扱う事

♦︎色素の持つ光の伝達は心に優しいものである事

♦︎学的な援助はあっても自然界を生かすものである事

 

パラケルスス(Paracelsus) 本名:テオフラストゥス・(フォン)・ホーエンハイム(Theophrastus (von) Hohenheim, 1493年11月10日または12月17日 - 1541年9月24日)は、スイスアインジーデルン英語版出身の医師化学者錬金術師、神秘思想家悪魔使いであったという伝承もあるが、根拠はない。

神秘思想家としては、体と魂を結合する霊的な気体とされる「アルケウス英語版」の提唱で知られ、後に「ガス」と言う言葉の考案者でもあるフランドルの医師ヤン・ファン・ヘルモントに影響を与えた。この「アルケウス」は人体に内在しているとされ、例えば胃のアルケウスは食べた物の中から栄養分と栄養分でないものに分離し、栄養分を同化するとし、肺のアルケウスは空気を一種の栄養分として吸収していると考えた[27]

彼の思想は新プラトン主義の系譜を引く自然神秘主義としての側面を持っており、自然を神によって生み出されたものとして捉えている。神においてある第一質料=大神秘から硫黄、水銀、塩の3つの元素の働きが展開することによって四大元素(空気)が生まれ、ここから万物が生み出されるとした。全宇宙を一つの生きた全体(有機体とも)と考え、水銀を宇宙の始原物質とした[18][19]

 

 

 

 

Archus Material

 

木綿栽培の最古の証拠はメキシコにあり、約8000年前に遡るようで、現在世界で栽培されている木綿の89.9%がこの種のようである。

 

綿の特徴

肌に直接触れて、気持ちが良くて飽きのこない素材

表面は細かい螺旋状の畝(ウネ)構造をしていて柔らかくてしなやか

繊維先端は丸いので、チクチクすることなくやさしくつつむ。

吸水拡散性、保温性に優れている

繊維の中心部は、“中空”で空気含み、軽くて暖かい

静電気を起こしにくい特殊な芯と鞘の多孔質な2構造糸で形成されていて、糸の表面が大きくなり、繊維束の毛細管現象が促進され吸水性や速乾性が向上する。

羊の毛を原料とする動物繊維

羊はかなり昔から飼育されていた。人類最古の集住遺跡と言われているトルクメニスタンのアナウ遺跡から飼育されていた羊の骨が発見されているようだ。

ウールの特性

高い保温性と伸縮性

羊毛は縮れていて毛が絡み合っているため保温効果が高く伸縮性に富んでいて、適度な吸湿

性、水を弾く性質でありながら湿気をよく吸収する

汗をかいても締まった感じが少なくウール特有のヌメリ感がある

弾力性があり回復力が強いため型崩れしにくい

染色性が良く燃えにくいが、ピリングになりやすくフェルト化する

水を含んだ状態で揉み合わせると縮んで硬くなってしまう


植物の恩恵を得るための業

 

BOTANICALDYE

我々が植物の恩恵を得、テクノロジーを生かした質の良い質素な衣・食・住を送るもっとも的確な方法

現代人の心と身体に最も適した技術だと考えます

植物成分は、人間の生理に最も優しく接することのできるものの一つである

植物成分は日々のストレスを和らげ、心を穏やかにしてくれる

植物成分は暮らしに必要なエネルギーを我々に与えてくれる

植物成分は自然の摂理に準じている

そして、自然の摂理に反しない安全なテクノロジーは、植物成分をより多くの人々の手に届くような援助を行います。

BOTANICALDAYは、生産に使われる水の殆どを汚染しない

BOTANICALDAYは、それに関わる全ての人々が安心して手に取る事ができる

 

それはBotanical dye  (ボタニカル・ダイ)と言う安全で持続可能な新技術システム とは

天然素材や合成素材など私たちの生活に必要なものに

自然物を染料化し、そこに現代の化学で安全な染料・助剤などを(1〜3%)組み合わせた染色をする事

今までのオーガニックな商品にはない素材使いや発色性、堅牢性を実現したもので

より多くの人々に安心して使っていただける物作りを実現したものです

草木の効果・効能を生かした染料を染着させ、心に響く優しくもしっかりとした染色で何気なく毎日使っているもの

天然繊維はもとより皮革や合成繊維まで身の回りのもの全てを植物のパワーで埋め尽くすのです

 

* 植物の花樹皮果皮を粉体化したものと化学染料で色をつけることにより

その成分そのものを固着させ、堅牢性の高い複雑で奥行きのある鮮やかな色に染め上げます

それは一つの色の中に人の目で見える幅を超えたたくさんの色素が入っている為なのです

* 一つの自然の色の中に200もの色が含まれてます

 自然素材は固有のパワーを持、自然染料にその力が備わってます

それは紫外線をカットする効果があります

それは素材そのものを加水分解する力があります

* そのテキスタイルに触れると、癒されたり優しい気持ちになったりするのです

 

 

私たちは、季節ごとにその環境に適した接し方を植物から得る事ができる

 

 

 

暮らしの中での基本的な褻着

 

Under Supprter

皮膚へのストレスの無い触感

血流やリンパの多く通る所や

内臓の温度を上げる効果

アダプトゲンの効果

生薬ハーブ

 

Wear

皮膚へのストレスの少ない感覚

外的ストレスから身体を保護する


 

 

身体の疾患を癒すものは、季節ごとの色素や植物の成分との関係が深く、生理学の上でも成り立つのです。

 

 

 

 

Inner wear  肌着

 


身体を優しく包み込み、皮膚から直接植物成分を伝えることは、褻着として最も重要な ”事” である。

季節や季節の変わり目(土用)、天気などによる体調の変化と植物の旬とを組み合わせて着分ける事が大事である。

生薬ハーブだけが持つアダプトゲンの成分を最も有効に活用することができる ”物” である。

オタネニンジン

ホーリーバジル

真昆布


 

 

 

Work wear  仕事着

 


仕事着は、摩擦・引き裂き強度に優れ適度に若干量の伸縮性を持ち、吸汗・速乾性に優れる

自然の感触を持ち、抗菌・消臭性や紫外線防止に効果がある

CARMEN COREは、芯がポリエステル、表面がコットンの糸で、年間を通して着用感の良い素材と言える

冬場は、Karl Karlがウール/ポリエステルの混紡で、保温性を持たせる

Botanicaldyeは、季節に合わせた効能を持つ植物を選択することが好ましいと考える

 

春(木気)檜

夏(火気)生姜

秋(金気)茶

冬(水気)藍


 

Living wear  部屋着

 


四季を通して1日の疲れた身体を休めるに非常に適しています。

それぞれの四季に適した生薬ハーブを着合わせることで、身体を休めると共に免疫力の強化に役立ちます。

 

 

春(木気)  オタネニンジン

夏(火気)キャッツクロー

秋(金気)エキナセア

冬(水気)マカ


 

Pajamas  寝巻き

 


自然の感触が皮膚に優しく、身体との間に対流効果をもたらす。

季節の変わり目は環境の変化を伴い、心身ともにストレスを多く感じる季節でもあるため

自然の機能を生かした植物の成分効果とアダプトゲンと共に身体を優しく包むことが好ましいのです。

 

ホーリーバジル


 

 

 

 

作る責任 と 使う責任

 

さて、先に述べたが、衣とは従来は身体を守る者として薬として考えられていた時があった。

身体を守るという ”事” に適した素材や染色材料、それは暮らしが豊かになるにつれてファッションを優先して捉えられるようになっていったのだ。

素材の選択、染色材料の選択は、ファッションを優先するようになっていき、元々の身体を守るという”事”とは程遠いものになっていったのだ。

 

知っておかなければならないことは、ファッション業界は、世界で二番目の環境汚染産業だということ。

石油化学繊維の生産によるCO2(二酸化炭素)の排出、大量の水の消費、化学染料による水の汚染、そして大量の廃棄服

暮らしが裕福になりファッションを追求するようになったことで、環境に対するその反動は大変なものとなった。

化学繊維は便利で手頃で使いやすく安価、ファッショナブルなものも沢山あるが私たちの身体や環境に多大な影響を与えていることも事実ファッションの価値を下げないために生産数の半分以上を毎年廃棄するのだ。

 経済優先の金儲けの為に起こしてきた問題は、それ以上のお金を使って解決しなければならないのである。

作りっぱなし、売りっぱなしは論外!

リサイクルは環境に優しい、と思われがちですが果たしてそうなのだろうか?

それは作ったものを再利用するだけのことで、問題はもうその前に起こってしまっている。

作る段階から、もしくは原料の段階から環境と共存していなければ意味がないのだ。

作ったものは、その使った後のことまでを考えたものでなければ作ってはいけないということなのだ。

 

大地から物へ、消費から大地へ

 

地球上に存在する "物” に廃棄という概念は、自然の中では存在してはいけはずだ!

 

 

 

我々の考える理想の製造、消費循環構造

 

五大元素に則ると、褻着の原料は基本大地(土)から収穫するものであり、それを加工して製品となり消費される

 

そして役目が終わる(生物でいうところの死)と回収され一つは再生製品となり、もう一つは生分解され大地に還り原料の元となるという事

 

しかし、土というものは、人間が簡単に作れるものではなかったようだ。

 

土とは木の葉が堆積し、それを食べる昆虫やミミズなどとそれを食べる小動物の糞や屍骸、

 

それを分解するバクテリやなどなど沢山の有機物質が粉状になって混ざりあって出来た黒褐色のもので腐植という。

 

何万年もの長い月日を経て、地上の色々なものが分解され堆積し、

 

そしてものすごい圧力がかかり沢山の成分が合わさって初めて土となり岩となるのです。

 

我々の作り出す本質的な ”物”  が自然物と同じように生分解されやがて土壌に順応していくということを目指さなければならない。

 

このシステム循環を完成させることが新しい時代に向けての一つの大きな目標となるのではないだろうか。

 

 

大地から原料、そして加工・製造過程すべてを明確にし、自然と共存し循環する ”物”  

 

それがこれからの100年に向けて必要な ”物” の考え方だと思う。